第32章 いったいパーソナリティ障害患者は変わるのだろうか?
ポイント
・精神療法でパーソナリティが変えられると期待しない方がいい。
・ある種の傾向は治療とともに変更が加えられて、行動を変えるに至る。
・どの傾向と行動が不適応なのかをつかむ。
・どの感情がどの行動を引き起こしているのかを観察し、必要なら別のテクニックを使う。
・多くの場合患者は幸せな結末を迎えない。
パーソナリティ障害のある種の特徴(例えば、不安定、変化に抵抗、扱いにくい)について言えば、改善をもたらすには、強力な治療が必要である。
—-Handbook of Personality Disorders , ed. Jeffrey Magnavita
我々は何とかして適応的な自我を保持して、様々なストレスに対して伸縮し弾力的に(resilient)対応する。
残念なことにパーソナリティ障害の患者はコントロール多すぎか、コントロール少なすぎかのどちらかであることが多い。どちらの極端も不適応と考えられる。
パーソナリティ障害に対して試みられた新しいタイプの精神療法がいくつかある。認知行動療法(CBT)、弁証法的行動療法(DBT)、対人関係療法(IPT)、問題解決療法(PST)などである。精神分析や精神力動的精神療法のような伝統的な精神療法も現在もよく用いられている。目標焦点型集団療法もパーソナリティ障害患者に有効な治療の1つである。薬物療法は多くの患者に必要である。
認知行動療法(CBT)は比較的短期間で、焦点を絞った精神療法で、患者がどのように考えているか(認知)、行動するか、コミュニケートするかを考える。精神分析に比較して過去(子供時代)よりも現在に焦点を当てて考える。研究結果では認知行動療法(CBT)はうつ病、不安症、OCD、恐怖症、Ⅰ軸障害に有効で
ある。認知行動療法(CBT)をⅡ軸障害に試みた結果は、長い期間が必要であること、転移を扱う必要があること、過去(子供時代の歴史)を考える必要がある事がわかった。
認知行動療法(CBT)の最初の考えは、「気分や行動は認知の産物である」という基本的な仮定である。ある刺激が患者に自動思考(AT)を引き起こす。パーソナリティ障害の場合は不適切な自動思考である。自動思考は肉体的反応、気分変化、機能不全行動を引き起こす。
自動思考は中核信念(CBs)に由来している。Ⅰ軸障害の多くの人は肯定的な中核信念も否定的な中核信念も持っている。しかし多くのⅡ軸患者では主に否定的中核信念だけを持っている。パーソナリティ障害患者の持つ根深い否定的中核信念としては、たとえば「私が悪い。弱くて頼りなくて、醜くて、気味が悪い」。パーソナリティ障害患者は侮辱に対して敏感であり、そのことがまた彼らの中核信念を否定的に強める。
小児期初期の虐待はパーソナリティ障害患者に破ることのできない固い思考パターンを植え付ける。
パーソナリティ障害の人はうつ病のようなⅠ軸障害をに対処するために治療を開始するのだが、中核思考を問題にするとなれば、長期間を要し、治療者は治療者ー患者の相互関係を意識する必要がある。
キーポイント
多くのパーソナリティ障害患者では基本的なコミュニケーション・スキルに欠けている。
医師は患者に教えようとしているテクニックを患者が理解するとは思わないほうがいい。回避性パーソナリティ障害患者は「人々が私を拒絶するだろう」と思っているので、自分から人々を回避する。患者は人々に関する自分の自動思考を検証してみて、自分の回避を解決しなければならない。治療者は回避性パーソナリティ障害患者に、人々に受け入れられている状態についてイメージできるように援助する。
パーソナリティ障害患者が、いつも慣れ親しんだシナリオ以外のシナリオを想像して見ることは非常に難しいことだ。宿題もやってこないので、治療には長期間を要する。境界性では人生初期の家庭環境が危険で不安定だったので、コミュニケーションは特に難しい。彼らは他人を悪人と思い、自分を出来損ないで力がないと思っている。認知行動療法治療者が境界性パーソナリティ障害患者に対応するとき、第一の問題は、患者のアンビバレンツを認容するような治療関係を築くことである。いったんこの治療関係が形成されて、次に症状にとりかかる。その時初めて自動思考が問題にされて、中核思考が明らかにされる。治療は患者が我慢していられるうちは何とか続いて、そのうち患者は治療者を拒絶する。治療者は柔軟で適応的でなければならない。それは境界性パーソナリティ障害患者の性質と反対である。
弁証法的行動療法(DBT)はもともと境界性パーソナリティ障害患者の治療のためにリネハンによって開発された。研究によれば、気分障害や他のパーソナリティ障害に有効である。弁証法的行動療法(DBT)では感情制御の技術を学ぶのだが、まず感情の正体を知り、名前をつける、そして嫌な感情に対しての忍耐を養い、一方では肯定的感情を増やす。患者はマインドフルであることを学び、有効な対人関係を学び、自分の感情を客観的に認識することによって制御することを学ぶ。自傷行為や自殺が最初に考察され
、次に治療を妨げるあらゆる行為が観察される。
弁証法的行動療法(DBT)はアサーティブネス・トレーニングのようなところがある。患者は自分に必要な物を他人に依頼することを学ぶ。彼らは治療者や集団と「対話」する。特に有効なのは我慢であり、それが教えられる。生き延びるために、患者は気晴らしをし、自分を落ち着け、そのときの「いま」を改善し、損得をよく比較して考えて行動できるようになる。
対人関係療法(IPT)は時間制限精神療法の一つで、1970年代に単極性うつ病の患者のために開発された。現在では双極性障害、不安性障害、パーソナリティ障害にも用いられる。精神力動的精神療法が対人関係療法(IPT)の生みの親であるが、過去に遡らず、対人関係スキルの改善に焦点を当てる。
認知行動療法(CBT)と似ているのは、時間制限的で、構造化されている点であるが、認知ではなく感情を扱う点が違う。
また、支持的社会ネットワークが強調される。例えば、自己愛性パーソナリティ障害では、患者が他人をどのように見ているかを知るために、患者の現在の対人関係を見なおすことが求められる。もし患者が他人は患者をたとえば利己的でけちだと見ていると気づきが得られたら、対人関係療法(IPT)のゴールのいくぶんかを達成している。
問題解決療法(PST)は、認知行動療法の一つで、患者は問題解決の態度と技法を学ぶ。根本の考えは、生活の質を向上させ、精神病理的な部分を減少させることである。1971年にD’Zurilla と Goldfried によって始められ、Nezu と Perri によって年月をかけて洗練された。
PSTの基礎は社会的問題解決の心理社会的構築は精神病理学と関係しているとするものである。この療法の理論的背景は、社会的問題解決と呼ばれ、日常生活の中でストレスを感じるさまざまな問題に対して、その問題を取り扱うのに有効な解決策の選択肢を見つけ出し、それらの中から最も有効な手段を見つけ出そうとするプロセスと定義されている(D’Zurilla & Goldfried, 1971)。
この社会的問題解決における問題とは、なんらかの障害により、そうありたいと思う状態(What I want)と現在の状態(What is)が不一致であり、効果的な解決策(コーピング)がとれない状態のことである。そして、効果的な解決策とは、ポジティブな結果(ベネフィット)を最大にし、ネガティブな結果(コスト)を最小にするように、問題に対処する(目標を達成する)ための取り組み(コーピング)のことである。
PSTの5つのステップ
認知行動モデルでは、問題場面において、個々人が持っている認知的スキルや行動的スキルが情緒的反応や心理的適応を引き起こ
す媒介的役割を果たしているとされている。
D’ Zurilla & Nezu(1982)によれば、効果的な問題解決を行うには、相互的に作用する5つの認知行動的スキルが必要であるとされる。PSTは5つの認知行動的スキルを効率的に学習させることを目的とした認知行動療法の一技法である。
PSTは、図1-1に示したように、ステップ1「問題解決志向性」、ステップ2「問題の明確化と目標設定」、ステップ3「問題解決策の産出」、ステップ4「問題解決策の選択と決定」、ステップ5「問題解決策の実行と評価」の5つのステップから構成されている。
PSTの有効性については、メタアナリシスが行われている。
Cuiper et al. (2008)は、合計53の独立した無作為化比較試験のデータを対象として、軽度(mild)から中程度(moderate)の抑うつの成人に対する7つの主要な心理療法(認知行動療法、非指示的心理療法、行動活性化療法、精神力動的心理療法、PST、対人関係療法、社会的技能訓練)の効果の比較を行っている。
その結果、PSTは対人関係療法よりは効果値が低いが、非指示的心理療法よりは効果値が高く、その他の主要な心理療法とは同等
の効果があることが示されている。さらに、ドロップアウト率に関しては、問題解決療法が最も低いことが明らかとなっている。
人々は生活の問題を問題解決指向性と問題解決スタイルとによって解決する必要がある。
問題が難しいと思われても、それを脅威で解決困難と考えてしまうよりはいいだろう。
精神力動的精神療法では意識的や無意識的な感情問題について探索してみるよう勧められる。現在ではもっとも一般的な治療である。時間制限的でもないし構造化されてもいない。この淵源は古典的精神分析にある。パーソナリティ障害の患者はこの治療の柔軟性や適応性の恩恵を受ける。多くの患者は対人関係で反復する不適応なパターンにはまりこんでいる。パーソナリティ障害患者でなれけば、この治療法でさらに顕著な変化を達成するだろう。しかしパーソナリティ障害患者であっても、精神力動的精神療法によりいくらかの進歩はする。
古典的な精神分析は催眠から発達した。治療目標は未解決のトラウマを思い出し、解除反応を起こし、解決することである。パーソナリティ障害患者の問題の根源は多くは過去にあるので、精神分析も治療選択肢の一つになる。
多くの精神科医や精神療法家が100年以上に渡り精神分析によってⅡ軸障害を解決しようと試みてきたが成功していない。
患者に要請される基本的なルールはすべてを話すこと。無制限に。治療者は積極的な自由に漂うような注意をもって聴き入り、しかしほとんど治療者は影響を与えない。カウチがこの治療者の受動性に役立つ。精神分析的技法では衝動的な行動は回避すべきだと強調される。演技性や境界性の衝動的な人に対して適用される。自由連想は精神分析のもう一つの基本的な手法であり、多くのパーソナリティ障害患者の気持ちを軽くする。転移はⅡ軸患者の多くでは強烈で未解決なものにならざるをえない。コフートやカーンバーグは、自己愛性や境界性のような分析不可能な患者の精神分析を試みたことで有名である。
キーポイント
精神分析では、不健康な防衛機制を解除し、患者の自己洞察を促すことにより、性格構造を認識することが常に目標となる。
最近では、パーソナリティを変化させる治療は期待されていない。新しい精神療法は性格傾向を調整しようとする。衝動性や外向性のような性格傾向を調整し、行動を変化させる。
境界性パーソナリティ障害の傾向を減少させることができた患者を私は一人だけ知っているが、4年間精神分析に通っていた。
症例スケッチ
エイドリアンは44歳、秘書の仕事で働いてせっせと貯めたお金を精神分析に使おうと決心した。私は彼女が精神分析を受けることには懐疑的で、集団療法の中での方がうまくやっていけると思ったし、支持的精神療法が向いていると考えた。彼女は私にうつ病の薬物療法を相談していた。私の処方はゾロフト100mg/日で、不眠と憂うつ気分、過食、自殺念慮が改善した。私は数年に渡り彼女と月に一回面接していた。うつ病は寛解に至ったが、彼女は週に2、3回の精神分析を続けていた。私との治療の始めの
頃に、彼女はしばしば不機嫌になり敵意を示し、私が彼女を嫌っているのではないかと疑っていた。実際は私は彼女を嫌っていなかったが。
ある日は私がall bad になっていて、精神分析家が all good になっていた。一ヶ月後には、私はgood oneになっていて、分析家がbadになっていた(保護的でなく何か策動していると思ったらしい)。彼女はしばしば見捨てられたと感じ、ボーイフレンドやガールフレンドと強烈で不安定な対人関係を続けていた。
むちゃ食いをして過食症だった。彼女の怒りは最悪の経験だった。彼女の緊急ではない電話を受けてから時間内に折り返しの電話をしないと彼女は激怒した。私のクリニックで彼女はしばしば怒りを発散していたものだ。
4年経って、私は彼女が「丸くなってきた」と感じていた。私は精神分析のおかげで変化したのだと考えた。彼女の怒りはかなり改善した。もはや見捨てられる不安を呈していなかった。私とも彼女の友人とも喧嘩しなかった。人々はall good でもなくall bad でもなかった。気分は安定し、彼女は素晴らしい変身をしたように見えた。治療によってこんなにも変わった患者は初めてだった。
パーソナリティ障害患者が大うつ病、双極性障害、精神病、不安性障害に苦しんでいる時には薬物療法が不可欠である。大うつ病にはSSRIを用いる。例えばゾロフト、プロザック、セレクサ、レクサプロ、ルボックス、あるいはイミプラミンのような三環系抗うつ薬。Effexor,Wellbutrin,サインバルタは、ノルエピネフリン系やドパミン系に作動する抗うつ薬である。新規抗うつ薬が常に開発され続けている。
双極性障害患者には気分安定薬が必要となることがしばしばである。テグレトール、Depakote,Topimax(トピナ),などがしばしば抗うつ薬と一緒に使われる。
抗精神病薬はSterazine(トリフロペラジン),Halodol(ハロペリドール)ような古いタイプのものから、エビリファイ、リスパダール、セロクエルなどのような新しいものまである。
抗不安薬としては、各種ベンゾジアゼピン、Klonopin(クロナゼパム),Xanax(アルプラゾラム),Valium(ジアゼパム)が使われる。
パーソナリティ障害患者はしばしばAmbien(マイスリー)やロゼレムのような睡眠の薬を使う。
我々精神科医は必要な薬剤を決定する際のベストドクターである。